2009年02月20日

北軽井沢の大学村

北軽井沢は、避暑地・別荘地として発展してきましたが、もともとは、法政大学の学長、松室致先生が所有する広大な土地(山)を法政大学の先生方に昭和3年(1928年)に坪1円で分譲したことから始まります。電気が来たのは昭和4年、水道が引かれたのは昭和5年でした。

 そのうち軽井沢に来ていた岩波茂雄さんが、その土地を見て大変気に入り、 一家をあげて移り住みました。そして、皆にこの土地を宣伝し、安倍能成、宮本和吉、田辺元、三木清、津田左右吉、谷川徹三、岸田国士、市河三喜先生等が家を建て始めました。

 照月湖を囲む大学村別荘地は、大きな区画で分譲され、自然をなるべくそのままに残した形で、その住人も大学関係者に限られたことから、ある種サロン的な、山荘文化といったものをはぐくんできました。 戦後、不動産会社の分譲による別荘地が増えていきましたが、「大学村」はそういった、新興の別荘地とは一線を画し一種独特のコミュニティを形成していました。 現在でも多くの文化人が、ここに別荘をもち、北軽井沢を舞台に創作活動を行っています。

 ちなみに現在の大学村は、縦2km、横1kmの面積で、舗装された4メートル道路が斜めに1本だけ走ってます。あとは全部ダート道で、昭和3年開村当時のままです。大学村では、舗装も道路も家の建築も約三百軒の村民が合議制で決めており、家が建てこまないためとまた、お金持ちに土地を買い占められないために、1軒が五百坪の土地になっています。
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posted by マネージャー at 22:06| 軽井沢歴史散策 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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